消えちまった老人達は今、いずこに・・・
長寿大国、平均寿命(余命)が世界一とか喜んで?たのか、来るべき超高齢者社会を嘆いていたのか、「高齢者」が増えていると騒いでいても、その内実はこんなオソマツだったなんて、、、これまで「超高齢化社会が来るゾ」とオオカミ少年よろしく声高に叫んでいたのは誰だったか、、、ただ家族を責めれば良い問題じゃないだろ
消えた100歳、東京や福岡など新たに10人
100歳以上の高齢者の所在が分からなくなっている問題で、東京都文京区と群馬県太田市、静岡県東伊豆町、北九州市などで計10人が所在不明になっていることが9日、新たに分かった。
(2010年8月9日23時07分 読売新聞)
100歳で区切ってこの状況である。100歳になったから所在不明になるわけじゃなく、実際にはもーっと前から所在不明になってたに違いない。90歳、80歳、、、いや20代、30代という若い世代だってホームレス化するものが増えてるのだから、日本の内実として「所在不明者」というパイが膨張してるんだろうと思う
こんな時代だから・・・
いつからこうなったかは不明とはいえ、医療現場から見ると、なんでもかんでも「在宅」へという流れにも一因があるんじゃないかと思う。核家族化も進み老々介護なんてコトバも生まれてきた時代だ。こういう時代にちょっと良くなったら自宅へ戻されることは果たして本人にとって、また家族にとって望ましいことナンだろうか?
財政的な困難もあろうが、果たして一生の終え方は?最後を看取られる場所は?アナタならどこがいいでしょうか?清潔な病院のベッドは味気ないですか???皆が皆、自宅で一生を終えたいなんて思ってるとはとても思えないんだが、、、病院で看取られる方が幸せかも知れない。本人にとっても家族にとっても
白骨の御文章
それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、凡(おおよ)そはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)、幻の如くなる一期なり。
されば未だ万歳(まんざい)の人身(じんしん)を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫(もとのしずく)・末の露(すえのつゆ)よりも繁しといえり。
されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。既に無常の風来りぬれば、すなわち二(ふたつ)の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは、六親・眷属(ろくしん・けんぞく)集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生(ごしょう)の一大事を心にかけて、阿弥陀仏(あみだぶつ)を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。
(御文章五帖目十六通)
アナタはどこで白骨になりたいですか?