定年までの長い道のり

昨日、ちょっとお世話になったことのある医師の退職祝いがあった。定年による退職である。昨今の医師不足のなかで60歳で定年退職とはちょっともったいないと、正直思った。案の定嘱託で残ることを求められているという。当人はと言うと、ちょっとゆっくりしたいということでとりあえず嘱託の話は断ったそうだ。患者さんのことには自らの辛苦をいとわない先生なので、それこそ寝る間を惜しみ当直、日直もこないした先生だ。気がつけば定年だったと、、、さすが疲弊したのだろう。とりあえず休ませてくれ・・・ということらしい



退職祝いと云うより還暦のお祝いといった会だったが、気がつけば定年というのは、どういう人生だったのだろうか?十分に生きてきたんだよと、ほめてあげるとこ・・・目上の人を褒めるなんておこがましいが・・・なのだろうか、そんな自らの一生を振り返る間もなくがむしゃらに働いた=医師として人に尽くした人生は、いくつもの他人の命を助けた人生であったろう。僕も何度も診察を受けている。幸い軽い疾患ばかりであるが良くしてもらったこともを非常に感謝している

僕らなんかよりもずーっと他人に感謝される人生だから、先生の人生はとてもすばらしいモノに見える。十分に尽くした人生だとも言えるし、まだもう少しその能力を生かせるんじゃないかとも思う。医師には僕らに出来ない技術が備わっているのだ、、、還暦という区切りで一休みし、休養をバネにもう少し続けて欲しいと正直思ったが、、、当人より衝撃的な告白があった。実は、、、

「僕はガンなんだ」

他人の命をどれだけ救っても自分の命はどうなるか自分ではどうしようもない。これが一医師の姿だという。その姿はなぜかとても清々しく見えた。たぶん治療という闘病をしながら、きっと他人を救う医師というシゴトをもう少しこの先生は続けるだろうなと直感したのだった。たぶん間違いない

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