65歳雇用義務化

こう年を重ねると。つまりいい大人になっていけば、暮らしに、時間にいくらか余裕という部分が出来てきて。若かりしがむしゃらな時期を過去の出来事と振り返ることができると思っていた。でもあれから20年、、、そう事態は変わらない。肉体的に衰えたという自覚もないからか、がむしゃらなままで働いていることに疑問はない。だが、精神的なプレッシャーは半端なく増えたと思う。としを重ねて落ち着くかと思えば逆に焦ってばかり、、、

社説 65歳雇用義務化 失策の責任転嫁許されない

厚生労働省は年金の支給開始年齢引き上げに伴い、希望する従業員全員について65歳までの継続雇用を企業に義務付けるべきだとする報告書の原案を労働政策審議会の部会に提出した。
60歳の定年後、無収入になるのを防ぐのが狙い。趣旨は理解できるが、経済界は企業に新たな負担を強いるものと警戒しており、実現は容易ではなかろう。                           2011年12月19日 琉球新報

ふと気がつけば定年にならないとそうは楽になれないんじゃないか、いや定年=60になってもそう自分の時間が増えることはないのではないか?そういう恐怖感を予見してしまうようになっていた。そうしたら、どうやら世の中そう甘くはないらしい。60になっても働いてかないと食ってけないようだ


さて、それで65歳まで本人の希望があれば企業雇用を義務づけるとなると、企業は若い人を雇用しなくなるんじゃないだろうか?そして当然だが勤続年数が長ければ給料も上がるから、、、ますます若年層の就職は困難となるんじゃないだろうか。単なる危惧だろうか?そうなるとますます若い人たちは非正規雇用でしか雇われず、年金や保険料の徴収が悪化していく。ますます年金財政は厳しくなるんじゃないのか

いや、年を経て、若い者にアトを譲り年長者たる者の役割は、一歩身を引いて若者が間違わないよう見据えてやる・・・ちょっとした野望や野心は見逃してやる・・・まぁ、ヤルだけやってみろよアンちゃん!というゆったり構えている姿。そういう姿を思い描いていたのに、気がつくと後ろにアンちゃんの姿はなく。自分が年長者とアンちゃんの二役をしなきゃならなくなっている

そして、自分らが65歳になってる頃には、「75歳雇用義務化」とか言ってなければイイのだがと思う

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