落ち葉散って年輪を重ねる
近所の銀杏並木はまだ色づかないが、そろそろ銀杏の実がポツポツ落ち始めている。あの独特の臭いが時おり風にはこばれてくる。そうえいば銀杏って葉が散る前に実るんだっけか?何年も通っている道なのにうろ覚えな自分の脳みそは経年的に縮んでいるのかも知れない。銀杏だけでなく木というのは年を重ね、年輪を刻み育っていく。人の一生に比べると非常に長い時間を成長していくのだな。でも人は年輪を重ねるということは老いることだった
年相応に経験を積み経験値は増えていっても、判断力がついてこなくなる。どこかで身を引くことを考えないと、だらしない状況を衆知にさらし、みっともないことになってしまう。いや、みっともなくなってることさえ気づかないまま、だらだらとしがみついてしまう。自分の現状の姿が変わってることを認めたくない。でも、無理なもんはムリだと気づいてるんだ
認めたくないものだな
と、いうのは若さ故の過ちだけではない。老いにつれ鈍っていく我が身そのものに、実は気づいていることも・・・