カテゴリー : 2010年 8月

夏のホームラン

夏休み、もう終わりますね。といっても学生でもない僕らには関係ありませんね。今年は特に暑く、予報だと9月、10月も気温は高めだとか、学生の皆さんにとって、今年の夏休みはあまりに短すぎるかもしれません。そして医療現場では秋になっても熱中症患者が発生してるかもしれないっすね

海浜植物園8月最後の休日。疲れがたまってたんでしょうね、午前いっぱい寝倒してしまい、気づけば汗だくでベッドの上。ああ最後の休みだと気づくまで少々ボーっとしてました。あわや脱水状態に陥るところでした。まぁ朝晩の風は涼しくなってきてますので事なきを得たというところですか

まぁ(この夏=8月)最後の休みだし、海だ。それも近くの(人のいない)浜じゃなくてちょっと有名なトコロへ、、、かつ手近な、、、というわけで氷見に行ってきた。上の写真は氷見海浜植物園へ行ってきた。さすがに温室に入る気はしなかったので4Fの喫茶でマタリしつつ、もう夕暮れも近い時間。思ったより人は少なくて、ああ過ぎゆく夏の夕暮れ、、、みたいな

メランコリア

な気分を満喫できました。8月最後の日曜日、あぁ、明日から働くのヤダw

駐車場にホームランと思ってたら、駐車所にも、過ぎゆく夏休みを惜しむような落書きのあと。もう子供らの姿は全くありません。みんな宿題に忙しいのか、それとも暑さに辟易したのかでしょう。だれもいない、、、観光客さえいない、、、だだっ広い駐車場に

ホームラン

って一体!何!?何があったんだ~。事件は現場で起こっているーんだ!って叫びたいw。子供の落書きといえばそれまでだけど、ホームラン、しかも「!」マーク付き。ここまできたらホームランって言うには、ここは駐車場のド真ん中。ナニがあるんだ???てか駐車場のド真ん中に大きな落書きが堂々と、人がいないのかぃ、、、

ホームラ、、、「ソ」

で、よく見ると。ホームランじゃなくて

ホームラ ソ

ホームラソ(そ)だよなコレ!

ヒート・アップ・アイランド

熱中症で高齢者が次々へと倒れる、、、この暑さは”若い”ものだってたまったおんじゃない。最近よく目につくのは宅配のアンちゃんたちだ。荷物は「クール」でも、本人たちはホット!でヒートアップ。郵便配達人も同じだ。そういえば、その昔、郵便局員が公務員だったときの公務労災の手続きはとても面倒だったが、今はどうなんだろナ?

田舎の老人か町の老人か

最近の熱中症で倒れる高齢者は、圧倒的に室内の患者が多い。これは田舎特有の出来事なのか?田舎の老人と町の老人との差なのか?それとも独居の老人ゆえの、もしくは日中は一人にされる老人の宿命か。町中の老人に特に多いです。救急搬送される老人は。田舎の老人は炎天下の農作業中に倒れ・・・ほとんどは農作業では倒れたりしないんだが・・・そして運ばれる。それに対して町中の老人は一人部屋の中で干上がっていくようだ

アクティブかノン・アクティブか

代謝の問題もあるのではないかと思う。農作業中の老人のケースは実は少ない。ヤツr、、、いや彼(女)らは、ほとんど元気。日が長い方が、、、明るいほうが暗いときより、、、かなり元気。早朝5時から畑にでて、自らの水分よりもナスやトマトの水の方が大事!って輩だから、、、とは言い過ぎだが。彼(女)らはこの炎天下の農作業でもめったに倒れたりしない。昔から頑丈なんだな

基礎体力なんじゃないか。基礎代謝がしっかりしてるんじゃないだろうか、元気な”老人”はお茶を飲み、汗をかく、その繰り返しを自然に行っている。汗をかけば体温調整されるから、炎天下でも水分補強と発汗作用がうまく回ればタフな老人は強い。町中の独居な老人はというと、日中に部屋中にいるような老人は、いうまでもなく病人だから、基礎体力が伴わない。水分補給が追いつかないことよりも、どれだけ水分を捕っても汗にならない。自力で体温調整ができないんだな

老人だろうが若者だろうが、しょせんは、暑い夏でも寒い冬でも体力勝負なわけだと思う。そうなると運動量に勝る田舎の老人に勝てる生き物はいないんじゃんかろうか

田舎のお盆

帰省する先もない毎年の田舎のお盆。当然、帰省ラッシュとか渋滞さえほとんど無縁の生活だ。裏日本はお盆も年末年始でさえそう大規模な渋滞はないぞ!すき好んで渋滞を経験したいわけではないが、お盆という区切りも日常の延長にしかないことが、ちょっと寂しい・・・お盆は静寂でよいのだろう・・・それでもただ夏休みを貰いながら、お盆だからね、ドコへ行くことも出来ない、田舎な盆の夕暮れに、ああ、、、明日から仕事だとため息ひとつ。渋滞も通り抜けずに普段暮らしの中にお盆のある暮らしは、なんか歯切れ悪い気がする

白骨の御文章

消えちまった老人達は今、いずこに・・・

長寿大国、平均寿命(余命)が世界一とか喜んで?たのか、来るべき超高齢者社会を嘆いていたのか、「高齢者」が増えていると騒いでいても、その内実はこんなオソマツだったなんて、、、これまで「超高齢化社会が来るゾ」とオオカミ少年よろしく声高に叫んでいたのは誰だったか、、、ただ家族を責めれば良い問題じゃないだろ

消えた100歳、東京や福岡など新たに10人

100歳以上の高齢者の所在が分からなくなっている問題で、東京都文京区と群馬県太田市、静岡県東伊豆町、北九州市などで計10人が所在不明になっていることが9日、新たに分かった。

(2010年8月9日23時07分  読売新聞)

100歳で区切ってこの状況である。100歳になったから所在不明になるわけじゃなく、実際にはもーっと前から所在不明になってたに違いない。90歳、80歳、、、いや20代、30代という若い世代だってホームレス化するものが増えてるのだから、日本の内実として「所在不明者」というパイが膨張してるんだろうと思う

こんな時代だから・・・

いつからこうなったかは不明とはいえ、医療現場から見ると、なんでもかんでも「在宅」へという流れにも一因があるんじゃないかと思う。核家族化も進み老々介護なんてコトバも生まれてきた時代だ。こういう時代にちょっと良くなったら自宅へ戻されることは果たして本人にとって、また家族にとって望ましいことナンだろうか?

財政的な困難もあろうが、果たして一生の終え方は?最後を看取られる場所は?アナタならどこがいいでしょうか?清潔な病院のベッドは味気ないですか???皆が皆、自宅で一生を終えたいなんて思ってるとはとても思えないんだが、、、病院で看取られる方が幸せかも知れない。本人にとっても家族にとっても

白骨の御文章

それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、凡(おおよ)そはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)、幻の如くなる一期なり。
されば未だ万歳(まんざい)の人身(じんしん)を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫(もとのしずく)・末の露(すえのつゆ)よりも繁しといえり。
されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。既に無常の風来りぬれば、すなわち二(ふたつ)の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは、六親・眷属(ろくしん・けんぞく)集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生(ごしょう)の一大事を心にかけて、阿弥陀仏(あみだぶつ)を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。

(御文章五帖目十六通)

アナタはどこで白骨になりたいですか?

お盆

今年もお盆の季節がやってきた。お盆を待ち望む人なんてそうはいない、今年のように暑い日が続くと、、、「暑さもお盆まで」と、いかにもお盆を待ち望むかのようなコトバを吐く人がいるが、果たして「お盆」という儀式を待ちのんではいまい

季節=季語

その通過点として語るだけでしょ。日本の「お盆」の風習というのはちょっと変わってるのかも知れない。先祖と一緒に一夏の日を過ごす、、、ご先祖様で巷はいっぱい。都市部にはご先祖さまも帰らないから、この期間だけは地方の方がヒトであふれている。ご先祖様もあふれている、ご先祖様だけじゃないけれど・・・

合唱