平均余命とはアル年齢の人間がアト何年は戦える!じゃない生きられるという期待される年数のことだ。だから0歳児の平均余命はすなわち平均寿命だ。んでもてこれはあくまでも期待値であるから、あのマクベ中将・・・ワタシの最も敬愛する人物だが・・・が放ったセリフ
あと10年は戦える
と豪語しておきながら、実のところは半年たらずでジオンは壊滅してしまったことは忘れることができない。すなわち期待値でしかなかったわけだ・・・詳しい数式は
平均余命(Wikipedia) を参照されたい。つまり確率の問題。じつは、ヲレ、この確率というヤツが大嫌い!
確率は当事者にとって無意味だ
事故や、結婚や、病気、生死、、、生活の局面を「確率」で論じてみても10%未満だから大丈夫とか、9割9分OKとか、気休めにすぎない。今のこの瞬間にだってその確率のせいで車にハネられたり、ハネたりだなぁ、当事者がこの世の中に存在していて。畜生ぅ、
なんでヲレばッか、、、
とぼやいてもなんの意味もない。また自分がそういう局面に応じる確率は常に不変だから、どこかのだれかが身代わりになってくれたなんて安心することさえ出来ず。事故だけじゃなくて、病いや、天変地異、怪奇現象だって起こりうるんだぜ!!
期待してんじゃねーョ!
ってことだ。んで
期待されてるんじゃねーょ!
ってことだな。今、不治の病が発見されあと半年の命と言われたヒトの余命の過ごし方と、告知されたい人の心情・・・告知の内容によるが・・・がよくわかりません。あるていど確率的に確実な余命の期待値を確立することと、それでその人のそれ以降の過ごし方と、全然健康だけども、実はスンゲー確立で明日!車にハネられるコトを期待される人の
今日という時間
はにどんな意味があるのだろう?