裏日本からフクシマへ
裏日本と呼ばれることに昔はずいぶんと不快な思いをしたものだが、いつのまにか「差別用語」だと「放送禁止」にされて、ちっとも聞かなくなった。だが、それはそれでなんだか暗黙の了解の箱のなかに封じ込められたみたいで悔しい。ほら、カワイソうな物事・・・いろんな距離や関係の果ての出来事・・・その当事者を目前にしたときに、ほんの一瞬だが、自分でコトバを選択してから話しかけたりする
至極当然の気配り
暗黙の了解、阿吽の呼吸、アイコンタクト、そして常識的対応。みなココロのなかで準備する。相手を思いやる気持ちは大切だが、あくまでも思いやられている事実は感じさせないで欲しいなぁと思うのだ。しかし、そういう阿吽の呼吸が至極当然に自然体の振る舞いになって、事態は全く変わってないのに、「差別的」であったコトを忘れ去られても困るのだ
事態がなんにも変わってなくても、みんなすごく思いやりが上手になってさ。被害者や被差別者や、評被害にたいしても自然と振る舞えるようになっちゃうのだ。え?なんにも変わってないのにだぜ?たとえば、あと5年、10年が経過したときに「フクシマ」は福島だと矯正されるだろう。カタカナは差別だと、、、しかしきっと被ばくした大部分の土地はそのままだ。そのままのままで済まされて、、、住まされていいのだろうか
思いやりや気配りという優しさだけでは解決しないとてもキビシイ問題もあるのだぞ。と、ココに、今から自分に戒めておこう。本質を見抜く力を衰えさせてはいけない。たとえば風評被害だから、、、というだけで本質は変わらない。事実をはっきりさせなくては風評被害はなくならない。だってさ
裏日本と公然と呼ばれなくなったって、今だに裏側だもん